以下では、物質の出入りのない(閉じた)系での熱力学の第1法則及び第2法則を利 用して、マントル対流を記述する際に必要な様々な熱力学的関係式を導出する。 より厳密な証明は、手近な熱力学の教科書を参照されたい。
単位質量あたりの内部エネルギーの変化量は、系に加えられた熱量 と系がした仕事の差に等しい。
また可逆過程であれば、
ここで、は比体積(単位質量あたりの体積)である。
可逆過程であれば
が成り立つ。
基本となる内部エネルギーに加えて、種々の熱力学関数が定義される。 これらは自然な独立変数をLegendre変換により変更することで得られる。 よく用いられるものを表3にまとめておく。
名称 | 定義 | 自然な独立変数 | 全微分式 |
---|---|---|---|
内部エネルギー | , | ||
エンタルピー | , | ||
Helmholzの自由エネルギー | , | ||
Gibbsの自由エネルギー | , |
表3の熱力学関数の全微分式より、
(A.1) | |||
(A.2) | |||
(A.3) | |||
(A.4) |
独立変数の変更をすることによって、種々の偏微分係数の間の関係が導かれる。
3個の変数,,が1つの関数関係にあるとすると、
となる。 ここで、即ちが一定であるとして、との比をとってやることで、
(A.9) |
が得られる。 あるいは記憶しやすい形として、
定積比熱
(A.10) |
定圧比熱
(A.11) |
断熱圧縮率
(A.12) |
これらは、熱力学関数の2次の微分量に相当している。
以下では簡単のため、1次の相転移 (first order phase transition) のみを取 り扱う。 1次の相転移とは、熱力学関数の1次微分量 (A.1.4章 を見よ) が相転移の際に不連続に変化するものをいう。 相転移の際に原子の再配列が起こるような大きな構造変化を伴なう固体-固体相 転移や、融解、蒸発などは1次の相転移の例である。 これに対し、2次の相転移 (second order phase transition) とは熱力学関数の 1次微分量は連続だが、2次微分量(A.1.7章を見よ) が相転移の際に不連続に変化するものをいう。
低圧相、高圧相における Gibbs の自由エネルギー (単位量あたりの化学ポテン シャル) をそれぞれ 、と書く。 相転移は Gibbs の自由エネルギーが両者で等しくなったとき、即ち
のときに起こる。 相転移において体積は不連続に変化し、高圧相への転移によって体積は常に減少 する (Le Chatelier の原理)。 エントロピーも不連続に変化するが、体積変化とは異なり、相転移によってエン トロピーは増加することも減少することもある。 固体相転移の場合、エントロピーに最も大きな影響を与えるのは原子の格子振動 であり、格子振動の周波数が高いほどエントロピーは小さい。 通常は高圧相のほうが化学結合が強く、そのため格子振動の周波数も高くなるた め、高圧相のほうがエントロピーが小さい。 しかし相転移によって原子の配位数(ある原子と近接している他の原子の数)が大 きく変化する場合には例外的に高圧相のほうがエントロピーが大きくなる場合も ある。
2相の共存線の具体的な関数形を与えるには、各々の相の Gibbs の自由エネルギー の表式を知る必要がある。 ここでは単に、相境界の温度-圧力変化のみを考えることにする。 異なる2つの相が平衡にあるとき、その2相の共存線に沿って
が当然成り立つ。 Gibbs の自由エネルギーで自然な独立変数である温度、圧力 (表3を見よ)を用いてこの条件を書き直すと、
式(A.4)を用いれば、
ここで、は比エントロピー、は比体積である。 これより2相の共存線の傾きは
(A.24) |
となる。 これを Clausius-Clapeyron の式という。 ここで、 は相転移の際の潜熱、は 相転移の際の体積変化を表わす。 マントル対流業界では式(A.24)で表わされる量を と書き、Clapeyron slope と呼ぶことが多い。