マントル対流数値シミュレーション概論

Appendix A マントル対流に必要な熱力学

(February 9, 2022)

A.1 熱力学の基礎の復習

以下では、物質の出入りのない(閉じた)系での熱力学の第1法則及び第2法則を利 用して、マントル対流を記述する際に必要な様々な熱力学的関係式を導出する。 より厳密な証明は、手近な熱力学の教科書を参照されたい。

A.1.1 熱力学の第1法則

単位質量あたりの内部エネルギーの変化量δeは、系に加えられた熱量 δqと系がした仕事δwの差に等しい。

δe=δq-δw

また可逆過程であれば、

δw=pδV

ここで、V=1/ρは比体積(単位質量あたりの体積)である。

A.1.2 熱力学の第2法則

可逆過程であれば

δq=Tδs

が成り立つ。

A.1.3 熱力学関数

基本となる内部エネルギーeに加えて、種々の熱力学関数が定義される。 これらは自然な独立変数をLegendre変換により変更することで得られる。 よく用いられるものを表3にまとめておく。

Table 3: 種々の熱力学関数
名称 定義 自然な独立変数 全微分式
内部エネルギー e s, V de=Tds-pdV
エンタルピー h=e+pV s, p dh=Tds+Vdp
Helmholzの自由エネルギー f=e-Ts T, V df=-sdT-pdV
Gibbsの自由エネルギー g=f+pV T, p dg=-sdT+Vdp

A.1.4 熱力学関数の1次偏微分係数

3の熱力学関数の全微分式より、

(es)V=T,(eV)s=-p (A.1)
(hs)p=T,(hp)s=V (A.2)
(fT)V=-s,(fV)T=-p (A.3)
(gT)p=-s,(gp)T=V (A.4)

A.1.5 相反定理 (Maxwellの関係式)

熱力学関数をその自然な独立変数で1階ずつ微分をとった2階の偏微分係数が、微 分をとった順序によらないことを利用する。 例えば

[V(es)V]s=[s(eV)s]V

と式(A.1)から

(TV)s=-(ps)V (A.5)

が得られる。 同様の手続きにより、式(A.2)、(A.3)、式(A.4)か ら

(Tp)s=(Vs)p (A.6)
(sV)T=(pT)V (A.7)
-(sp)T=(VT)p (A.8)

が得られる。

A.1.6 独立変数の取り換え

独立変数の変更をすることによって、種々の偏微分係数の間の関係が導かれる。

3個の変数x,y,zが1つの関数関係にあるとすると、

dz=(zx)ydx+(zy)xdy

となる。 ここでdz=0、即ちzが一定であるとして、dxdyの比をとってやることで、

(xy)z=-(zy)x/(zx)y (A.9)

が得られる。 あるいは記憶しやすい形として、

(xy)z(yz)x(zx)y=-1

A.1.7 熱力学的な諸量の定義

熱膨張率αは式(1.14)で、等温圧縮率χTは式(1.15) で既に定義されている。

定積比熱Cv

CvT(sT)V (A.10)

定圧比熱Cp

CpT(sT)p (A.11)

断熱圧縮率χs

χs-1V(Vp)s=1ρ(ρp)s (A.12)

これらは、熱力学関数の2次の微分量に相当している。

なお2つの比熱の間には

χTχs=CpCv (A.13)
Cp=Cv+α2TVχT (A.14)

という関係がある。 これらは以下のように証明できる。 式(A.12)に(A.9)を適用すると、

χs=-1V(Vp)s=+1V(sp)V/(sV)p

ここで s=s(T,V)=s(T(p,V),V) とみなしてやると

(sp)V=(sT)V(Tp)V=CvT(Tp)V

同様に s=s(T,p)=s(T(p,V),p) とみなしてやると

(sV)p=(sT)p(TV)s=CpT(TV)p

これらより、

χs=CvCp1V(Tp)V/(TV)p=CvCp[-1V(Vp)T]=CvCpχT

のように、比熱の比に関する関係式(A.13)を得る。 ただし再び式(A.9)を用いた。 式(1.33)のGrüneisen parameter γ を使うと、この関係式は

CpCv=1+αγT (A.15)

とも書くことができる。 また、比熱の差については

Cp-Cv=T[(sT)p-(sT)V]

先と同様にs=s(T,V)=s(T,V(T,p))とみなすと

(sT)p=(sT)V+(sV)T(VT)p=(sT)V+(pT)V(VT)p

ただし(A.7)を用いた。 さらに式(A.9)を用いると

(sT)p-(sT)V=(VT)p(pT)V=(VT)p[-(VT)p/(Vp)T]=α2VχT

これを代入すると式(A.14)を得る。

A.2 熱エネルギー保存則への適用

まず式(1.21)を導いてみる。 比エントロピーsの変化を、温度Tと圧力pの2つを独立変数として表わすと、

ds=(sT)pdT+(sp)Tdp

ここで、

(sT)p =1TCp((A.11))
(sp)T =-(VT)p((A.8))
=-αV=-αρ((1.14))

であるから結局式(1.21)が得られる。

次に、断熱的な圧力変化に伴なう温度変化を考えてみる。

(Tp)s =-(sp)T/(sT)p((A.9))
=αTρCp (A.16)

これを使って式(1.21)を書き直すと

ds=CpT[dT-(sp)Tdp] (A.17)

が得られる。 式(A.17)より、式(1.21)の第2項は、断熱的な圧力変化(圧縮 あるいは膨張)による温度変化を表わしていることが理解できよう。

式(A.16)に加えて静水圧平衡条件

pxi=ρgi (A.18)

を仮定すると、断熱温度勾配 (adiabatic temperature gradient)

(Txi)s=(Tp)spxi=ρgiαTρCp=αTgiCp (A.19)

を得る。

一方、比エントロピーsの変化を、温度Tと比体積Vの2つを独立変数として 表わしてみると、

ds=(sT)VdT+(sV)TdV

ここで、

(sT)V =CvT((A.10)) (A.20)
(sV)T =(pT)V((A.7))
=-(VT)p/(Vp)T((A.9))
=αχT((1.14),(1.15)) (A.21)

であるから、

ds=CvTdT+αχTdV=CvTdT-αχTρ2dρ (A.22)

が得られる。 非圧縮(DρDt=0)の場合には、この表式を使うと式(1.16) が簡潔に書き下せる。 さらに式(1.33)のGrüneisen parameter γ を使って式 (A.22)を書き直すと

ds=Cv[dTT-γdρρ]=Cvd[ln(Tρ-γ)] (A.23)

となる。

A.3 相転移の熱力学

この章を書くにあたって、[15, 12]を参考にした。

A.3.1 1成分系の相転移の熱力学

以下では簡単のため、1次の相転移 (first order phase transition) のみを取 り扱う。 1次の相転移とは、熱力学関数の1次微分量 (A.1.4章 を見よ) が相転移の際に不連続に変化するものをいう。 相転移の際に原子の再配列が起こるような大きな構造変化を伴なう固体-固体相 転移や、融解、蒸発などは1次の相転移の例である。 これに対し、2次の相転移 (second order phase transition) とは熱力学関数の 1次微分量は連続だが、2次微分量(A.1.7章を見よ) が相転移の際に不連続に変化するものをいう。

低圧相、高圧相における Gibbs の自由エネルギー (単位量あたりの化学ポテン シャル) をそれぞれ gghと書く。 相転移は Gibbs の自由エネルギーが両者で等しくなったとき、即ち

g=gh

のときに起こる。 相転移において体積は不連続に変化し、高圧相への転移によって体積は常に減少 する (Le Chatelier の原理)。 エントロピーも不連続に変化するが、体積変化とは異なり、相転移によってエン トロピーは増加することも減少することもある。 固体相転移の場合、エントロピーに最も大きな影響を与えるのは原子の格子振動 であり、格子振動の周波数が高いほどエントロピーは小さい。 通常は高圧相のほうが化学結合が強く、そのため格子振動の周波数も高くなるた め、高圧相のほうがエントロピーが小さい。 しかし相転移によって原子の配位数(ある原子と近接している他の原子の数)が大 きく変化する場合には例外的に高圧相のほうがエントロピーが大きくなる場合も ある。

2相の共存線の具体的な関数形を与えるには、各々の相の Gibbs の自由エネルギー の表式を知る必要がある。 ここでは単に、相境界の温度-圧力変化のみを考えることにする。 異なる2つの相が平衡にあるとき、その2相の共存線に沿って

dg=dgh

が当然成り立つ。 Gibbs の自由エネルギーで自然な独立変数である温度T、圧力p (表3を見よ)を用いてこの条件を書き直すと、

(gT)pdT+(gp)Tdp=(ghT)pdT+(ghp)Tdp

式(A.4)を用いれば、

-sdT+Vdp=-shdT+Vhdp(V-Vh)dp=(s-sh)dT

ここで、sは比エントロピー、Vは比体積である。 これより2相の共存線の傾きは

dpdT=s-shV-Vh=qTΔV (A.24)

となる。 これを Clausius-Clapeyron の式という。 ここで、 qT(s-sh)は相転移の際の潜熱、ΔVV-Vhは 相転移の際の体積変化を表わす。 マントル対流業界では式(A.24)で表わされる量をγ と書き、Clapeyron slope と呼ぶことが多い。