マントル対流数値シミュレーション概論

2 マントル対流の解析的研究

(February 9, 2022)

2.1 対流の起こり始めに関する線型安定性解析

ここでは線型安定性解析と呼ばれる理論に基づいて、熱対流の起こり始める条件 について検討する。 以下の手順は、 [1, 8, 6, 10] などに倣っ た。

簡単のため、ブシネスク近似が成り立ち、かつ物性が一様な流体の、水平方向に 無限の広がりをもつ3次元領域の中での熱対流を仮定する。 無次元化された基礎方程式を具体的に書き下すと、

0 =-pxi+2vixj2+RaTδiz (2.1)
0 =vkxk (2.2)
Tt =-vjTxj+2Tx2 (2.3)

ただし温度場Tの境界条件として

T=0 at z=1,T=1 at z=0

鉛直方向速度vzの境界条件として

vz=0 at z=0,1

を考える。 また水平方向速度 vx 及び vy の境界条件は

自由すべり境界 vxz=vyz=0 at z=0,1 (2.4)
固着境界 ux=vy=0 at z=0,1 (2.5)

のいずれかであるものとする。 この種の問題では、Rayleigh 数がある値 Rac (臨界 Rayleigh 数) より大き ければ対流が起こることが示されている。 ここでは、線型安定性解析により Rac を求めてみる。 線型安定性解析のよくある手順に倣い、各変数を基本場と微小な擾乱の和で書く。 以下、添字oつきで基本場を表わし、つきで微小な擾乱を表わすこと にする。

まず、基本場の表現を決定する。 簡単のため、基本場は完全静止(voi=0)な熱伝導状態で、水平面内(x-及 びy-方向)には一様とする。 この場合、基本場は以下のように表わせる。

0 =d2Todz2To=1-z (2.6)
0 =-dpodz+RaTo (2.7)

次に、微小な擾乱に関する式を求める。 線型安定性解析の定石に倣い、擾乱は微小とみなして1次の項のみ残すと、 速度及び圧力の微小な擾乱に関する式は以下のように書ける。

0 =-pxi+2vixj2+RaTδiz (2.8)
0 =vkxk (2.9)

これらからvxvypを消去してやることにより、 vz (以下簡単のためwと略記する) に関する式を得る。

4w+Ra(2-2z2)T=0 (2.10)

同様に、温度場の微小擾乱に関する式を求めると、

Tt =-vj(To+T)xj+2(To+T)x2-vjToxj+2Tx2
=w+2T (2.11)

さらに中立 (臨界) 状態を仮定して温度擾乱の時間変化がないとすれば、

0 =w+2T (2.12)

(2.10) と (2.12) から T を消去すれば、 w のみを含んだ方程式

6w=Ra(2-2z2)w (2.13)

を得る。 また連続の式を使うことにより水平方向速度場の境界条件をwを含む形 で書き直せば

自由すべり境界 2wz2=0 at z=0,1 (2.14)
固着境界 wz=0 at z=0,1 (2.15)

を得る。 同様に式(2.10)を用いて Tの境界条件をwのみで書 き表わすと、

4w=0 at z=0,1 (2.16)

となる。

これらはwに関する定数係数の微分方程式であり、変数分離法により解 を求めることができる。 そこで

wW(z)exp[i(kxx+ikyy)] (2.17)

なる形の解を仮定する。 ここでiは虚数単位である。 これを用いれば、解くべき方程式は結局

(d2dz2-K2)3W+RaK2W=0 (2.18)
自由すべり境界の場合 W=d2Wdz2=(d2dz2-K2)2W=0 at z=0,1 (2.19)
固着境界の場合 W=dWdz=(d2dz2-K2)2W=0 at z=0,1 (2.20)

とまとめられる。 ただし Kkx2+ky2 は水平方向の擾乱の波数である。

2.1.1 上下の境界面がいずれも自由すべり面の場合

この場合が最も簡単に臨界Rayleigh数Racを求めることができる。 境界条件(2.19)より、W

W(z)=n1Unsin(nπz) (2.21)

と書ける。 これを式(2.18)に代入して整理すると、

nUnsin(nπz){-[(nπ)2+K2]3+RaK2}=0 (2.22)

これが自明 (Un=0) でない解を持つためには

-[(nπ)2+K2]3+RaK2=0Ra=[(nπ)2+K2]3K2 (2.23)

と与えられる。

この最小値を求めよう。 上式をKで微分して

dRadK=2[(nπ)2+K2]2K3[2K2-(nπ)2] (2.24)

これは

K=nπ2 (2.25)

のとき0となり、その時のRa

Ra=[(nπ)2+(nπ)22]3(nπ)22=274(nπ)4 (2.26)

である。 これから、n=1のときに臨界Rayleigh数Racは最小値

Rac=274π4657.51 (2.27)

をとり、これを与える擾乱の水平方向波数K

K=π2 (2.28)

である。

2.1.2 上下の境界面がいずれも固着面の場合

この場合には、境界条件からW(z)の関数形を直ちに推測することが困難である。 そこで、解をより一般的な表現で書き表わした後に、境界条件を満足するように とることにする。

W(z)exp(±qz) (ただしqは複素数) の線形結合 (即ち、sin(qz)cos(qz)sinh(qz)cosh(qz) の線型結合) で書けるはずである。 この関数形を式(2.18)に代入すると、自明でない解が存在するた めにはq

(q2-K2)3+RaK2=0 (2.29)

を満足しなければならない。 これを解くためRa=τ3K2と置くと、

q2=-K2(τ13-1) (2.30)

である。ただし

13=e0,exp(i2π3),exp(i4π3)=1,-1±3i2

は1の3乗根である。 この6つの解を ±iq0±q±q (は複素共役) とおくと、

q0 =Kτ-1 (2.31)
q1(q) =K2[1+τ+τ2+(1+τ2)] (2.32)
q2(q) =K2[1+τ+τ2-(1+τ2)] (2.33)

と書ける。 またこれらの間には

(q02+K2)2=K4τ2,(q2-K2)2=12K4τ2(-1±13) (2.34)

なる関係がある。

以下、境界条件の対称性より、対流層の真ん中の深さをz=0、かつ境界面の位 置をz=±1/2ととり直す。 またz=0に関する対称性から、W(z)は偶関数となるか奇関数となるかのいず れかである。 しかし奇関数の解はz=0で節をもつ(W(z=0)=0)ので、いわゆる「基底状態」 ではない。 対流の起こり始めとしては、節のない偶関数の解が適当である。 そこで、W(z)が偶関数となるような解を求めてみる。 このときW(z)

W(z)=a0cos(q0z)+a1cosh(qz)+a1cosh(qz) (2.35)

と書けるはずである。 これが境界条件を満たすように係数a0a1a1を定める。 W(z) を微分すると、

dWdz =-a0q0sin(q0z)+a1qsinh(qz)+a1qsinh(qz) (2.36)
(d2dz2-K2)2W =a0(q02+K2)2cos(q0z)+a1(q2-K2)2cosh(qz)+a1(q2-K2)2cosh(qz)
=K4τ2[a0cos(q0z)+3i-12a1cosh(qz)-3i+12a1cosh(qz)] (2.37)

z=±1/2 での境界条件は

0 =a0cos(q02)+a1cosh(q2)+a1cosh(q2) (2.38)
0 =-a0q0sin(q02)+a1qsinh(q2)+a1qsinh(q2) (2.39)
0 =a0cos(q02)+3i-12a1cosh(q2)-3i+12a1cosh(q2) (2.40)

これを整理すると

[cos(q02)cosh(q2)cosh(q2)-q0sin(q02)qsinh(q2)qsinh(q2)0cosh(q2)(3-i)cosh(q2)(3+i)][a0a1a1]=0 (2.41)

これが自明でない解を持つためには、

0 =|cos(q02)cosh(q2)cosh(q2)-q0sin(q02)qsinh(q2)qsinh(q2)0cosh(q2)(3-i)cosh(q2)(3+i)|
=cos(q02)cosh(q2)cosh(q2)|111-q0tan(q02)qtanh(q2)qtanh(q2)03-i3+i| (2.42)

これを解いて整理すると、

0 =-2q0tan(q02)+(3i-1)qtanh(q2)-(3i+1)qtanh(q2) (2.43)

あるいは

-q0tan(q02)=(q1+q23)sinh(q1)+(q13-q2)sin(q2)cosh(q1)+cos(q2) (2.44)

を得る。 式 (2.44) によって、Kτ (=Ra/K43) が結ばれ ている。 この式の解を数値的に求めると、Ra が最小となるのは K=3.117 のときで、 このとき Ra=1707.762 となる。

なお、W(z) が奇関数となるときの解を求めてみると、このとき W(z)

W(z)=a0sin(q0z)+a1sinh(qz)+a1sinh(qz) (2.45)

とおける。先と同様にしてやると、q0q1q1 に関して、

q0cot(q02)=(q1+q23)sinh(q1)-(q13-q2)sin(q2)cosh(q1)-cos(q2) (2.46)

が成りたつ。 Ra が最小となるのは K=5.365 のときで、このときRa=17610.39 となる。

2.1.3 上下の境界面の一方が自由すべり面、もう一方が固着面のとき

このときの解は、両端が剛体面のときの解のうち、奇関数の解から得られる (これは z=0 での境界条件を満たしていることに注意)。 この解を適用するには、箱の深さが 12 になったとみなせばよいので、 Ra が最小となるのは K=5.365/2=2.683 のときで、このとき Ra=17610.39/24=1100.65 となる。

2.1.4 まとめ

4に擾乱の水平方向波数Kに対するRacの変化を示す。

(a) Rac against K
(a) 擾乱の水平方向波数
(b) W(z) for minimum Rac
(a) 擾乱の水平方向波数
Figure 4: (a) 擾乱の水平方向波数Kに対するRacの依存性、(b) Rac が 最小となるときのW(z)の関数形。 図中、 “F/F” は上下の境界がいずれも自由すべり面の場合、 “R/R” は上下の境界がいずれも固着面の場合、 “F/R” は一方が自由すべり面でもう一方が固着面の場合を示す。 ただし (a) の横軸はπ/Kで与えられる対流セルのアスペクト比でとってい る。 また (b) のグラフにおいて、W(z) は最大が1になるように規格化して示して いる。