2 マントル対流の解析的研究

2.1 対流の起こり始めに関する線型安定性解析

ここでは線型安定性解析と呼ばれる理論に基づいて、熱対流の起こり始める条件 について検討する。 以下の手順は、 [1, 8, 6, 10] などに倣っ た。

簡単のため、ブシネスク近似が成り立ち、かつ物性が一様な流体の、水平方向に 無限の広がりをもつ3次元領域の中での熱対流を仮定する。 無次元化された基礎方程式を具体的に書き下すと、

0 =−∂p∂xi+∂2vi∂xj2+R⁢a⁢T⁢δi⁢z (2.1)
0 =∂vk∂xk (2.2)
∂T∂t =−vj⁢∂T∂xj+∂2T∂xℓ2 (2.3)

ただし温度場Tの境界条件として

T=0⁢ at ⁢z=1,T=1⁢ at ⁢z=0

鉛直方向速度vzの境界条件として

vz=0⁢ at ⁢z=0,1

を考える。 また水平方向速度 vx 及び vy の境界条件は

自由すべり境界 ∂vx∂z=∂vy∂z=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.4)
固着境界 ux=vy=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.5)

のいずれかであるものとする。 この種の問題では、Rayleigh 数がある値 R⁢ac (臨界 Rayleigh 数) より大き ければ対流が起こることが示されている。 ここでは、線型安定性解析により R⁢ac を求めてみる。 線型安定性解析のよくある手順に倣い、各変数を基本場と微小な擾乱の和で書く。 以下、添字oつきで基本場を表わし、′つきで微小な擾乱を表わすこと にする。

まず、基本場の表現を決定する。 簡単のため、基本場は完全静止(vo⁢i=0)な熱伝導状態で、水平面内(x-及 びy-方向)には一様とする。 この場合、基本場は以下のように表わせる。

0 =d2⁢Tod⁢z2⇒To=1−z (2.6)
0 =−d⁢pod⁢z+R⁢a⁢To (2.7)

次に、微小な擾乱に関する式を求める。 線型安定性解析の定石に倣い、擾乱は微小とみなして1次の項のみ残すと、 速度及び圧力の微小な擾乱に関する式は以下のように書ける。

0 =−∂p′∂xi+∂2vi′∂xj2+RaT′δi⁢z (2.8)
0 =∂vk′∂xk (2.9)

これらからvx′、vy′、p′を消去してやることにより、 vz′ (以下簡単のためw′と略記する) に関する式を得る。

∇4w′+Ra(∇2−∂2∂z2)T′=0 (2.10)

同様に、温度場の微小擾乱に関する式を求めると、

∂T′∂t =−vj′∂(To+T′)∂xj+∂2(To+T′)∂xℓ2≃−vj′∂To∂xj+∂2T′∂xℓ2
=w′+∇2T′ (2.11)

さらに中立 (臨界) 状態を仮定して温度擾乱の時間変化がないとすれば、

0 =w′+∇2T′ (2.12)

(2.10) と (2.12) から T′ を消去すれば、 w′ のみを含んだ方程式

∇6w′=Ra(∇2−∂2∂z2)w′ (2.13)

を得る。 また連続の式を使うことにより水平方向速度場の境界条件をw′を含む形 で書き直せば

自由すべり境界 ∂2w′∂z2=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.14)
固着境界 ∂w′∂z=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.15)

を得る。 同様に式(2.10)を用いて T′の境界条件をw′のみで書 き表わすと、

∇4w′=0 at z=0,1 (2.16)

となる。

これらはw′に関する定数係数の微分方程式であり、変数分離法により解 を求めることができる。 そこで

w′≡W(z)exp[i(kxx+ikyy)] (2.17)

なる形の解を仮定する。 ここでiは虚数単位である。 これを用いれば、解くべき方程式は結局

(d2d⁢z2−K2)3⁢W+R⁢a⁢K2⁢W=0 (2.18)
自由すべり境界の場合 ⁢W=d2⁢Wd⁢z2=(d2d⁢z2−K2)2⁢W=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.19)
固着境界の場合 ⁢W=d⁢Wd⁢z=(d2d⁢z2−K2)2⁢W=0⁢ at ⁢z=0,1 (2.20)

とまとめられる。 ただし K≡kx2+ky2 は水平方向の擾乱の波数である。

2.1.1 上下の境界面がいずれも自由すべり面の場合

この場合が最も簡単に臨界Rayleigh数R⁢acを求めることができる。 境界条件(2.19)より、W は

W⁢(z)=∑n≥1Un⁢sin⁡(n⁢π⁢z) (2.21)

と書ける。 これを式(2.18)に代入して整理すると、

∑nUn⁢sin⁡(n⁢π⁢z)⁢{−[(n⁢π)2+K2]3+R⁢a⁢K2}=0 (2.22)

これが自明 (Un=0) でない解を持つためには

−[(n⁢π)2+K2]3+R⁢a⁢K2=0⇒R⁢a=[(n⁢π)2+K2]3K2 (2.23)

と与えられる。

この最小値を求めよう。 上式をKで微分して

d⁢R⁢ad⁢K=2⁢[(n⁢π)2+K2]2K3⁢[2⁢K2−(n⁢π)2] (2.24)

これは

K=n⁢π2 (2.25)

のとき0となり、その時のR⁢aは

R⁢a=[(n⁢π)2+(n⁢π)22]3(n⁢π)22=274⁢(n⁢π)4 (2.26)

である。 これから、n=1のときに臨界Rayleigh数R⁢acは最小値

R⁢ac=274⁢π4≃657.51 (2.27)

をとり、これを与える擾乱の水平方向波数Kは

K=π2 (2.28)

である。

2.1.2 上下の境界面がいずれも固着面の場合

この場合には、境界条件からW⁢(z)の関数形を直ちに推測することが困難である。 そこで、解をより一般的な表現で書き表わした後に、境界条件を満足するように とることにする。

W⁢(z)はexp⁡(±q⁢z) (ただしqは複素数) の線形結合 (即ち、sin⁡(q⁢z)、cos⁡(q⁢z)、sinh⁡(q⁢z)、cosh⁡(q⁢z) の線型結合) で書けるはずである。 この関数形を式(2.18)に代入すると、自明でない解が存在するた めにはqは

(q2−K2)3+R⁢a⁢K2=0 (2.29)

を満足しなければならない。 これを解くためR⁢a=τ3⁢K2と置くと、

q2=−K2⁢(τ⁢13−1) (2.30)

である。ただし

13=e0,exp⁡(i⁢2⁢π3),exp⁡(i⁢4⁢π3)=1,−1±3⁢i2

は1の3乗根である。 この6つの解を ±i⁢q0、±q、±q∗ (∗は複素共役) とおくと、

q0 =K⁢τ−1 (2.31)
q1≡ℜ⁡(q) =K2⁢[1+τ+τ2+(1+τ2)] (2.32)
q2≡ℑ⁡(q) =K2⁢[1+τ+τ2−(1+τ2)] (2.33)

と書ける。 またこれらの間には

(q02+K2)2=K4⁢τ2,(q2−K2)2=12⁢K4⁢τ2⁢(−1±13) (2.34)

なる関係がある。

以下、境界条件の対称性より、対流層の真ん中の深さをz=0、かつ境界面の位 置をz=±1/2ととり直す。 またz=0に関する対称性から、W⁢(z)は偶関数となるか奇関数となるかのいず れかである。 しかし奇関数の解はz=0で節をもつ(W⁢(z=0)=0)ので、いわゆる「基底状態」 ではない。 対流の起こり始めとしては、節のない偶関数の解が適当である。 そこで、W⁢(z)が偶関数となるような解を求めてみる。 このときW⁢(z)は

W⁢(z)=a0⁢cos⁡(q0⁢z)+a1⁢cosh⁡(q⁢z)+a1∗⁢cosh⁡(q∗⁢z) (2.35)

と書けるはずである。 これが境界条件を満たすように係数a0、a1、a1∗を定める。 W⁢(z) を微分すると、

d⁢Wd⁢z =−a0⁢q0⁢sin⁡(q0⁢z)+a1⁢q⁢sinh⁡(q⁢z)+a1∗⁢q∗⁢sinh⁡(q∗⁢z) (2.36)
(d2d⁢z2−K2)2⁢W =a0⁢(q02+K2)2⁢cos⁡(q0⁢z)+a1⁢(q2−K2)2⁢cosh⁡(q⁢z)+a1∗⁢(q∗2−K2)2⁢cosh⁡(q∗⁢z)
=K4⁢τ2⁢[a0⁢cos⁡(q0⁢z)+3⁢i−12⁢a1⁢cosh⁡(q⁢z)−3⁢i+12⁢a1∗⁢cosh⁡(q∗⁢z)] (2.37)

z=±1/2 での境界条件は

0 =a0⁢cos⁡(q02)+a1⁢cosh⁡(q2)+a1∗⁢cosh⁡(q∗2) (2.38)
0 =−a0⁢q0⁢sin⁡(q02)+a1⁢q⁢sinh⁡(q2)+a1∗⁢q∗⁢sinh⁡(q∗2) (2.39)
0 =a0⁢cos⁡(q02)+3⁢i−12⁢a1⁢cosh⁡(q2)−3⁢i+12⁢a1∗⁢cosh⁡(q∗2) (2.40)

これを整理すると

[cos⁡(q02)cosh⁡(q2)cosh⁡(q∗2)−q0⁢sin⁡(q02)q⁢sinh⁡(q2)q∗⁢sinh⁡(q∗2)0cosh⁡(q2)⁢(3−i)cosh⁡(q∗2)⁢(3+i)]⁢[a0a1a1∗]=0 (2.41)

これが自明でない解を持つためには、

0 =|cos⁡(q02)cosh⁡(q2)cosh⁡(q∗2)−q0⁢sin⁡(q02)q⁢sinh⁡(q2)q∗⁢sinh⁡(q∗2)0cosh⁡(q2)⁢(3−i)cosh⁡(q∗2)⁢(3+i)| (2.45)
=cos⁡(q02)⁢cosh⁡(q2)⁢cosh⁡(q∗2)⁢|111−q0⁢tan⁡(q02)q⁢tanh⁡(q2)q∗⁢tanh⁡(q∗2)03−i3+i| (2.49)

これを解いて整理すると、

0 =−2⁢q0⁢tan⁡(q02)+(3⁢i−1)⁢q⁢tanh⁡(q2)−(3⁢i+1)⁢q∗⁢tanh⁡(q∗2) (2.50)

あるいは

−q0⁢tan⁡(q02)=(q1+q2⁢3)⁢sinh⁡(q1)+(q1⁢3−q2)⁢sin⁡(q2)cosh⁡(q1)+cos⁡(q2) (2.51)

を得る。 式 (2.51) によって、K と τ (=R⁢a/K43) が結ばれ ている。 この式の解を数値的に求めると、R⁢a が最小となるのは K=3.117 のときで、 このとき R⁢a=1707.762 となる。

なお、W⁢(z) が奇関数となるときの解を求めてみると、このとき W⁢(z) は

W⁢(z)=a0⁢sin⁡(q0⁢z)+a1⁢sinh⁡(q⁢z)+a1∗⁢sinh⁡(q∗⁢z) (2.52)

とおける。先と同様にしてやると、q0、q1、q1∗ に関して、

q0⁢cot⁡(q02)=(q1+q2⁢3)⁢sinh⁡(q1)−(q1⁢3−q2)⁢sin⁡(q2)cosh⁡(q1)−cos⁡(q2) (2.53)

が成りたつ。 R⁢a が最小となるのは K=5.365 のときで、このときR⁢a=17610.39 となる。

2.1.3 上下の境界面の一方が自由すべり面、もう一方が固着面のとき

このときの解は、両端が剛体面のときの解のうち、奇関数の解から得られる (これは z=0 での境界条件を満たしていることに注意)。 この解を適用するには、箱の深さが 12 になったとみなせばよいので、 R⁢a が最小となるのは K=5.365/2=2.683 のときで、このとき R⁢a=17610.39/24=1100.65 となる。

2.1.4 まとめ

図4に擾乱の水平方向波数Kに対するR⁢acの変化を示す。

(a) R⁢ac against K
Refer to caption
(b) W⁢(z) for minimum R⁢ac
Refer to caption
Figure 4: (a) 擾乱の水平方向波数Kに対するR⁢acの依存性、(b) R⁢ac が 最小となるときのW⁢(z)の関数形。 図中、 “F/F” は上下の境界がいずれも自由すべり面の場合、 “R/R” は上下の境界がいずれも固着面の場合、 “F/R” は一方が自由すべり面でもう一方が固着面の場合を示す。 ただし (a) の横軸はπ/Kで与えられる対流セルのアスペクト比でとってい る。 また (b) のグラフにおいて、W⁢(z) は最大が1になるように規格化して示して いる。