固体地球物理学概論 (2024年前学期) 第13回

プレート沈み込み帯のダイナミクス (沈み込むプレート・マントル対流の層構造)

マントル対流の層構造?

プレート沈み込み帯で起こる地震の分布

ということは、
プレートは下部マントルに沈み込んでいない??
マントル対流は上部マントルと下部マントルの上下2層に分かれている?


最近の地震波トモグラフィーで、スラブ (沈み込んだプレート) はどうみえる?

では、深さ 660 km の位置でスラブに何が起こっているのだろうか?


マントル物質の相転移

第10回 および 第11回 も復習しておくとよい。

マントル遷移層上面に相当する相転移

かんらん石の成分の1つである Mg2SiO4 は、マントル遷移層に相当する温度・圧力条件下で、次のような相転移を起こすことが知られている。

Ol (オリビン; かんらん石) ↔ Wd (ウォズレアイト) ↔ Rw (リングウッダイト)

マントル遷移層下面に相当する相転移

かんらん石の成分の1つである Mg2SiO4 は深さ約 660 km 付近の温度・圧力条件下で、次のような分解相転移を起こすことが知られている。

Mg2SiO4 (リングウッダイト) ↔ MgSiO3 (ブリッジマナイト) + MgO (ペリクレース)

マントル物質の相転移とマントル対流

単純な熱対流であれば

で OK なのだが、相転移がある場合には話はより複雑になりえる。 特に、温度の違いによって相転移の起こる場所・深さが変わる場合が重要。

相転移の「クラペイロン勾配」とは?

右図のように高圧相と低圧相の相境界線を描いたとき、この傾きの逆数 \(\dfrac{dP}{dT}\) を一般に「クラペイロン勾配」と呼ぶ。 これは相転移の起こる圧力が温度によってどう変わるか? を表わす指標であり、地球科学の多くの場面では MPa/K という単位で与えられる。 また相転移の熱力学 (詳しくは後期の「固体地球物理学」で) によると \begin{equation} \dfrac{dP}{dT}=\dfrac{低圧相と高圧相のエントロピーの差}{低圧相と高圧相の体積の差} \tag{9.24} \end{equation} という関係がある。 なおこの関係は「クラウジウス-クラペイロンの式」と呼ばれる。

マントル遷移層の上下にあたる2種類の相転移でクラペイロン勾配の符号、すなわち 高圧相と低圧相の相境界線の傾き が違っている。

普通の相転移では相境界線はだいたい「右上がり」になる。 マントル遷移層下面の相転移は特別な例の1つ。


上昇流/下降流の中で、マントル物質の相転移はどう起こるか?

クラペイロン勾配が0でないと、温度によって相転移の起こる深さが異なる。 沈み込む冷たいスラブの中を例にとり、マントル物質の相転移はどう起こるか?を考えてみる。

相転移の境界面のたわみは、高圧相と低圧相の密度の違いを通して、スラブの中で新たな浮力の源になる。 また当然ながら、相転移の境界面がたわむ度合いは、クラペイロン勾配の絶対値に比例する。


クラペイロン勾配が負の相転移が、上昇流/下降流に及ぼす影響

相転移のクラペイロン勾配が負であると、

相転移が周囲よりも「遅れた」ことが原因でつけ加えられた浮力は、 その相転移の面を通過しようとする上昇流や下降流を妨げるようにはたらく。 またクラペイロン勾配が正の相転移は、これとは正反対の効果をもつ。


マントル物質の固体相転移の効果を取り入れた対流シミュレーションの例

地表面からおよそ 660 km の深さに、遷移層下面での相転移の効果を取り入れた マントル対流シミュレーションの例

ただし実際のマントル遷移層下面の相転移の性質によれば、負のクラペイロン勾配の効果だけでは沈み込んだスラブをせき止めるのに不十分。


実際の地球のマントルの中ではもっと複雑なことが起こっているはず。 例えば

などの効果が合わさって、沈み込んだスラブが「せき止め」られているのであろう。