固体地球物理学概論 (2024年前学期) 第12回

マントル対流理論の基礎 (第10.5章)

熱対流とは (第10.5.1章)

温度差によって引き起こされる対流を「熱対流」という。 お風呂の中のお湯などでも熱対流が起こっている。

地球のマントルの中の運動も、熱対流とよく似ている。

まず、対流の構造 (右図; 図10.22) に関する重要な用語を紹介する。

対流胞 (対流セル)
上昇流と下降流で区切られた「小部屋」のような構造。
等温核
対流胞の中心付近にできる、温度がほとんど一定の部分。
熱境界層
対流胞の上下の境界に沿って薄い層状にできる、温度の変化が大きい部分。
図10.22の温度分布から分かるように、 対流があると、境界付近の急激な温度勾配が、境界からずっと離れたところまで伸びていなくてもよくなる。 すなわち、対流しているマントルの中では、地温勾配 (約 30 K/km) よりもゆるやかに温度が上昇してよい。

なおこの図の場合では、等温核の温度は深さによらずほぼ一定になっているが、(固体地球物理学に限らず) 地球科学で登場する対流ではこれとは (いくぶん) 異なった温度変化になっていることが多い。 例えば大気の層の中を空気塊が (断熱的に) 上昇する場合を考えてみると、上層にいくほど圧力が低くなり、体積が増加する (第10回で登場した圧縮と同じ) ことによって温度は下がってしまう。 この温度変化の度合は「断熱温度減率」と呼ばれているのであった。 ちなみに「フェーン (Foehn) 現象」は、空気塊の断熱温度減率が水分を含んだ場合 (「湿潤温度減率」; 約 6.5 K/km) と含まない場合 (「乾燥温度減率」; 約 10 K/km) で異なることが原因で起こっている。

これと同じようなことは固体地球の中でも起こっており、熱境界層から遠く離れたところでも深さとともに圧力が高くなれば温度も増加する。 固体地球科学分野ではこの温度変化の度合は一般に「断熱温度勾配」と呼ばれている。 ただし固体地球を構成する物質は大気と比べれば非常に圧縮されにくいことから、断熱温度勾配の値は大気のそれよりも圧倒的に小さい。 実際、地球のマントルの断熱温度勾配は地温勾配と比べるとかなりゆるやかなもので、約 0.3 K/km と見積られている (くわしい話は後期の「固体地球物理学」で)。

地球内部で熱対流は起こるか?

温度差による浮力で上昇流が発生する場合を考える (第10.5.2b章)。

定義より、レイリー数 \(Ra\) が大きいほど、対流が起こりやすくなるはず。


対流の激しさとレイリー数 (第10.5.3章)

レイリー数 \(Ra\) が大きくなるほど対流は激しくなると予想される。

レイリー数 \(Ra\) が \(10^7\) 程度の熱対流を考えれば、地球の表面で得られている観測量

をうまく説明できる。 このことは、マントルの熱対流が地球惑星内部のダイナミクスの基本原理であることの証拠といえる。

「熱対流」のその先へ: 地球惑星の内部のよりリアルな描像に向けて

ここまでの議論では、簡単な設定のもとで起こる熱対流の性質を紹介してきた。 具体的には、2次元の箱型の容器の中で起こる、

に限定して考えていた。 これに対し、実際の地球内部で起こっている対流現象には、3次元の「まるい」球殻の中で起こることに加え、 といった違いがある。 そのため、地球内部のダイナミクスのリアルな描像を得るためには、これらが対流現象にもたらす影響を調べていくことが重要である。 上記の複雑さによって固体地球内部 (主にマントル・外核) の流れにどのような特徴がもたらされるのかについての研究は、現在も精力的に進められている。